『拐〜カドワカシ〜』イントロダクション


学園教室(美術室)

imageよく晴れた青空を、教室の中から見る。
カチカチと時計が鳴っている音が、静かな教室に響いている。

後は、学生達の動かす鉛筆の音……
シャッシャッと、鉛筆が滑る音をBGMに、俺は赴任してくるまでの事を考えた。

本当に運がよかった、とつくづく思ってしまう。
まさか、この有名女学園に美術講師の空きがあるとは……

そもそも俺は、たいして取り柄もない平凡な男だ。
美術の才能はやっと教員免許を取れた程度で、教員の空きもなく、近くの美術予備校でバイトをしていた。

この不況の世の中、バイトでも仕事があるのはありがたい。
とはいえ、バイトではこの先どうなるかもわからないと思っていた時、たまたまこの女学園の校長と旧知の仲であった予備校の部長が、俺に講師の職を紹介してきた。

何でも、今現在の美術講師が出産とかで講師を止めるらしい。
願ったり叶ったりの話だった。

すぐに快諾して面接を受け、この学園に勤務する事になった。
……そして今、俺の指示で学生達が目の前の胸像をデッサンしているのを、こうして眺めているわけだ。

女学生: 「……あ、痛っ!」

一人の女学生が、顔をしかめてうめく。

主人公: 「どうした?」
女学生: 「……ちょっと指を」

デッサン用の鉛筆をカッターナイフで削ろうとして、怪我したらしい。
見てみると、小さな切り傷から血が滲み出していた。
血はどんどん溢れて、指を赤く染めていく。

女学生: 「うう……い、痛ぁい……」

涙を浮かべて、その学生は指をくわえた。
血が出ているのを、チュウチュウと吸い上げている。

その、涙を浮かべた表情に……俺は、わずかに見入ってしまった。

女学生: 「先生?」

……学生が不思議そうな顔をして、俺を見ている。

主人公: 「あ、いや……傷はどうだ? 保健室に行くか?」

取り繕うかのように、俺はそう尋ねる。
その学生は、痛みに顔をしかめつつも首を振った。

主人公: 「刃物を使う時は、気をつけないとダメだぞ……誰か、絆創膏を持っている人はいないか?」

教室全体に問いかけると、数名の学生がごそごそとカバンをあさり始める。
その内の一人が、見つけた絆創膏を怪我をした学生に渡す。
その光景を見ながら、俺は胸を撫で下ろした。

いかんな……ああいう表情を見ただけで、高ぶりを覚えるなんて……


学園廊下

image昼休みになった。

教室にとどまる者、廊下に出て話している者、校庭に出て行く者……学生達の行動は、様々だ。
それを横目で見ながら、俺は職員室に向かう。

先程まで授業で、その後片づけをしていたから、どうしても遅くなってしまう。
昼休み前の授業だと、学生も片付けを率先して手伝ってくれるわけではない。
さっさと教室に帰ってしまうので、結局俺一人で出した教材の片付けをするハメになるのだ。

……全く、学生というのはやっかいだ。
余り叱りすぎてもダメだし、誉めればつけあがる。

教 師: 「ですから! この髪型は学則違反だと言っているでしょう!」

おやおや……あれは、風紀担当の教師だ。
ヒステリックなオールドミスで、いつも気の弱い学生だけを捕まえては、事あるごとに説教している。
気の強い学生や、親がこの学園に干渉できる立場の学生には、へつらっているともっぱらの噂だ。

女学生: 「す、すみません……」
教 師: 「わかっているのなら、どうして守らないのです!
髪の毛をそんな色にすることは学則違反でしょう!」
女学生: 「すみません……すみません……」

泣きながら頭を下げる学生の顔を見て、俺はそんな学生が気の毒だと思いつつも、別の感情に頭を支配されていた。

あの、泣いている学生の頬を、思い切り張り飛ばし、押さえつけたい。
もがく学生の制服を引き裂き、思うままに蹂躙し……そこまで考えて、俺はふうっと息を吐いた。

……ダメだ、そんな事を考えていては。
その考えが、真っ当でないこと……
そんな事が、許されるわけがないこと……
そして俺が、この学園でそんな事を考えていると誰かに知られたら、大変な事になるという事……
それは……よくわかっている。
わかっているんだ。

女生徒: 「……う……うっ……ひっく」

謝りながら、学生がすすり泣きをもらす。
俺は、その誘惑的な音から逃げ出すように背を向け、歩き出した。

外の空気を吸おう……

冷静にならなければ……

けっして、知られてはいけないんだ。
俺のこの……暗い情動を……


学園裏庭

image
???: 「……黙っていては、わからないでしょう!」

裏庭に出た俺の耳に、誰かの声が聞こえてきた。
この声は聞き覚えがある……声のした方に向かってみると、学生が4、5人、裏庭の端にたまっていた。

あれは、俺の授業を受けた事がある学生だ。
確か……白石、文香と……蔵島……蔵島……朋子……だったか。

文 香: 「黙っていてはわからないって、何度も言ってるでしょう? 蔵島さん!!」
朋 子: 「……あ、あの……」
学生1: 「さっきの体育の授業……あなたがドジをしなかったら、文香さんは迷惑を被らなかったのよ」
学生2: 「そうよ、そうよ! 大体あなた、この名門の学園に似つかわしくないわ!
どうやって入学したのよ!?」

この学園は、有名な全寮制の女学園のため、良家の子女が多い。
しかしながら、幾人かは成績優秀であったり、スポーツに秀でているといった特待生がいる。
そういう学生は、ごく平凡な家庭の娘だ。

そこで生じる貧富の差は、こうやって学生間で溝を作っているようだ……
やれやれ、一人に数人がかりとは……しかし、無視するわけにもいかないだろう。

主人公: 「こら、そこで何をしている」



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